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野良の矜持 ーガスパーの日記ー


野良の矜持

二本足の両親は俺のことを「ガスパー」と呼ぶ。まあ、呼ばれても振り向きもしないがな。なぜなら、俺は俺だから。名前なんて必要ない。二本足の母親はそれでも「ガスパー」と呼びながら俺を追いかける、追いかけられたら逃げる、それが猫の性なのをあいつは分かっていない。でも、実は俺は「ガスパー」という名を気に入っている。というのも巷の猫の名前がなんとも奇妙だということに気づいたからだ。猫だというのに、「Wolfje (おおかみちゃん)」、毛の色が黒いから「Zwartje (黒ちゃん)」、終いには「Minou (小猫ちゃん)」。納得がいかない。それに比べて「ガスパー」、響がいい。うん、なかなかいい。だが、俺はそう呼ばれても絶対に振り向かない。俺の野良としての矜持がそれを許さないからだ。

俺は3匹の叔母さんに育てられた。多分、その中の一匹が俺の産みの母親なのだろう。でも、俺はこの叔母さんたちの乳を飲んで育ったから、誰が母親なのかは分からない。彼女たちの一匹(二本足の両親が呼ぶところの「あきら」叔母さん)が猫風邪でやられてしまった俺を、このあばら家に連れてきたのだ。目がしばしばし、鼻水で息もできない。そんな弱った俺を二本足の両親は病院に連れて行き、美味しい物をたくさん食べさせ、どうにか懐柔させようとしたんだ。俺はそんな手にはのらない。確かに、美味しい食べ物、特にホタテには参った。あんな旨い物がこの世にあるとは生後2か月の俺には知る由もなかった。見てくれ、その頃の俺だ。この野性味溢れる視線。なかなかの野良振りだろう。

ガスパー

俺に猫の矜持を叩き込んでくれたのがあきら叔母さんだ(密かに彼女が母親なのではないかと俺は思ってる。だから、ときどき、本当にときどきだぞ、俺はあきらおばさんにいい子いい子をしてもらいに行く。だって、俺まだ1歳にもなってないんだから、それぐらいは許されるだろう)。叔母さんの教えはこうだ、貰えるものは全部貰え、だが、絶対に与えてはならない。欲しいからと言って、媚を売って体を摺り寄せるなんて持っての他だ。喉もならしてはならぬ。厳しい教えだ。子猫の俺には難しい。

というのも、二本足の母親があの手この手を使って俺を飼いならそうとするからだ。面白いおもちゃで俺の赤ちゃん心を刺激し、それが終わるとホタテの味のする魅惑的なおやつ「チャオチュール」なる物を与えてくる。これもまた美味なり。知らず知らずのうちに喉が鳴っている。ついつい体を触らせてしまう。するとなんだ、今度はマッサージか?耳の後ろからあごにかけて、「うんうん、お母さん、とても気持ちがいいです。僕幸せ。もし良かったら、右側もいいでしょうか?」と俺は一瞬、野良であることを忘れ家猫のような話し方で、喉を鳴らしながらお腹を見せてしまう。いかんいかんと我に返って、階下に降りて行く。恐るべしチャオチュール。

その点、二本足の父親は、さすが男だ。俺をリスペクトしてくれる。母親が誰だかはっきりしないのだから、もちろん俺は生物学上の父親を知らない。この世界で唯一の父親がこの二本足の父親だ。これからは、お父さんと呼ぶ。お父さんは俺の野良としてありたいという気持ちを蔑ろにはしない。俺は最上階の二本足の居住区で、日なが一日過ごすことに耐えられない。雨が降ろうが雪が降ろうが、俺は外に出たいときに外に出る。詩人よろしく、春は桜の花びらが、秋は黄色く色づいた葉がひらひら落ちてくるのを眺めるのが大好きだ。

ガスパー

寝るときは静かに一人で寝たい。二本足の母親に顔をすりすりされながら寝るのは嫌だ。そうお父さんに言うと、一階下のアトリエの暖房を付けてくれて、暖房にしっかりあたれる位置に台を置き、ふわふわのベッドを誂えてくれた。だから俺は一人で寝たいときはそこで寝ることにしている。二本足の母親は納得していない。毎晩「暖房を消せば、ガスパーは戻ってくるに違いない」と息巻いている。無視せよだ。朝方は必ず上ってきてやっているではないか。ベッドの上で寝てやることだってある。それで満足しろ。

お父さんは本当に優しい、肩車をして欲しいと言えば、俺の鋭い爪が肉に食い込んでも悲鳴もあげずに、肩車をしてくれる。最近太り気味の俺の体重を支えてくれる。俺が、いい子いい子をして欲しいといば、お父さんはいい子いい子をしてくれる。僕がお腹を見せると、優しくお腹を撫でてくれます。尻尾の付け根をちょっとだけ掻いてくれます。だから、僕はお父さんが大好きです。上の階からお父さんが降りてくるとき、恥ずかしいから毎回じゃないけど、喉を鳴らしながら嬉しくなって迎えに行きます。もちろん、尻尾はピンと上に立っています。お父さんが会社から帰ってくるときも、外に迎えに出ます。あれれ、僕、家猫語になってる。恐るべしお父さん。

      これは俺がまだ軽かった頃。俺、本当にダイエットしなきゃ!

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